昨日・1月17日は、私にとって特別な日・・・いや、「鬼門」とも言える日です。
日本で1月17日の朝、イタリアでは16日の晩のフェイスブックのタイムラインでは
阪神大震災関連の投稿がたくさん上がってきました。

忘れもしない23年前のあの日、私は卒業間際の大学生で、東京で生活していました。
朝出かけ間際にささっとTVで見た時には、神戸で地震、死者5名?とかで
あまり気にかけずにそのまま大学の図書館へ、用事を済ませに行きました。
たまたま知り合いにも合わず、そのまま夕方に新宿のバイト先に行くと
「アンタ、実家は大丈夫なの!?」
すぐにはその言葉を理解できませんでしたが、話を聞き、顔面蒼白に。
公衆電話の方がつながりやすいと言うので新宿駅まで走りました。
何度かけてもつながらず、泣きながら、何度も再ダイヤル・・・
大阪の方がつながりやすいかも!と祖母宅にかけてつながり、家族の無事を知ったのでした。

それから、確か2年後の1月17日。
大阪で就職が決まって実家に帰り、仕事で忙しくしていた頃、
この日も夜遅く家に着くと・・・電気がすべて消えていて、鍵もかかっており、誰もいない。
テーブルに置かれた置手紙を見て、全身が凍り付きました。
母が交通事故。
書いてあった病院に電話すると、命はとりとめたものの、頭部を強く打っており
他にも顎やお尻の骨が折れ、外傷が酷く、後遺症が残る可能性があるとのこと。
4か月後に退院したものの、1年くらいはヨチヨチ歩きでフラフラしていた母ですが、
幸い後遺症は残らず、今ではそれが信じられないくらい元気です。

それから確か8年後、私が結婚した翌年の1月17日。
私のイタリア留学の時も、誰よりも応援してくれた祖父が亡くなりました。
88才だったし、数年闘病生活をしていたので上の2つより衝撃的ではなかったけれど。
祖父の意向で私には危篤は知らされず、両親からも大丈夫だから、帰国しなかった。
私がイタリア人と付き合っていることを知り、「何しにイタリアへ行ったんや!」
とちょっと怒っていたらしいけど(笑)、結婚前にダンナが来日した時は
「エエ男や、変な日本人よりよっぽどエエ」(笑)と太鼓判を押してくれた祖父。
今でも私たちを見守っていてくれるような気がするなぁ・・・

こんな訳で、私にとっては事件がありすぎるくらいの1月17日。

IMG_1970

今年は何もないよな!?と毎年ちょっと気になるんですが
2018年の1月17日は雹が降った日がさしたり変な天気、てこと以外は
何も変わったことのない、平穏な1日で終わりました。

いつ、何があるか分からない。
前にもこんなことを書きましたが、こんな平穏がいつまでも続きますように。


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